sp_menu

自然免疫系により誘導される新しい癌抑制蛋白質2種の発見とそれらが癌特異的にアポトーシスを誘導するメカニズムの解明(バイオメディカル分野)

 細菌感染があると自然免疫系が活性化して、抗菌ペプチド(AMP)と呼ばれる低分子のタンパク質の発現が誘導されます。これが細菌の細胞膜を破壊します。バイオメディカル分野では、ショウジョウバエの血球細胞を作る組織(造血組織)が癌になるmxc突然変異体において、主なAMP7種類のうち、5つが誘導されること、それらには癌の増殖を阻害する抗腫瘍効果があることを報告してきました。一方、残る2種Cecropin AとDrosocinについてはこれまで研究されていませんでした。このたび大学院生の平田真里奈さん、野村真教授と井上喜博博士は、癌があると自然免疫系が活性化してこれらのAMPが脂肪体で転写誘導されること、これらのAMPは癌だけを特異的に抑制できることをつきとめ、細胞生物学の国際誌Cells(IF=5.1)に発表しました。

血球前駆細胞が癌化するmxc突然変異体において自然免疫経路の構成因子であるTollまたはImdの機能を低下させると、脂肪体におけるCecropin AとDrosocinの発現が低下します。すると腫瘍の増殖が促進されました。従って、これらAMPの発現誘導、抗腫瘍作用は自然免疫経路に依存することがわかりました。これらのAMPをmxc変異体の脂肪体で過剰発現させると、腫瘍の増殖が抑制されました。このとき癌化した組織ではアポトーシスが促進されていました。一方、正常幼虫で過剰発現させてもアポトーシスは誘導されませんでした。逆に、これらのAMPをノックダウンするとアポトーシスが抑制され、腫瘍の増殖が促進されました。以上より、これらのAMPは腫瘍特異的にアポトーシスを誘導すること、それにより癌の増殖が阻害されることがわかりました。癌があると脂肪体から分泌されたCecropin Aはマクロファージ様の血球細胞に取り込まれ、癌まで運ばれました。このときAMPは貪食因子を介して血球細胞に取り込まれることもわかりました。これに対して、癌がない個体ではAMPを強制発現しても血球細胞には取り込まれませんでした。さらに血球細胞により癌まで運ばれたAMPはそこで放出されますが、癌の周囲にある正常細胞には作用しません。癌細胞の表面にはphosphatidylserine (PS)が多く観察されます。これらはAMPが持つ正電荷配列と引き合います。癌細胞表面へのPSの露出を阻害すると、癌の抑制効果も消失しました。従って、AMPは癌細胞表面のPSを標的として癌特異的に細胞死を誘導している可能性が考えられます。また、化学合成された異種のCecropin Aを注射してもmxc変異体の癌にアポトーシスが誘導されることをみいだしました。哺乳類にもAMPが存在するので、同じように癌細胞特異的に細胞死を誘導できるか調べてゆく必要があります。ヒトのAMPにも抗癌作用があれば、副作用の(少)ない新たな抗癌剤として期待できます。

Marina Hirata, Tadashi Nomura, and Yoshihiro H. Inoue: Anti-tumor effects of Cecropin A and Drosocin incorporated into macrophage-like cells against hematopoietic tumors in Drosophila mxc mutants Cells 14, 389 (2025) doi.org/10.3390/cells14060389