sp_menu

繭糸をつくらないカイコの作出に成功。Cell Pressの国際的学術誌iSceince(IF=5.8)に掲載。

昆虫工学の博士課程大学院生のLye Ping Yingさんと修了生の白木千夏さん、小谷英治教授らの研究により、繭の主要タンパク質であるセリシンとフィブロインタンパク質を両方ともつくらない、繭糸を吐かず、繭にこもらないカイコが遺伝子組換え技術により生み出されました。この性質は遺伝するので、何代もの間繭糸を吐かない状態で維持されています。実は、これまでにも様々な方法でカイコに繭糸をつくらなくさせる試みがなされてきましたが、絹糸腺が完全に消滅することが他の器官に悪影響を与えて致死するなど、どれも失敗に終わっていました。この研究で初めて、絹糸腺を消滅させずに繭糸産生の能力を喪失し、しかも致死しないカイコの作出に成功したことになります。
 この特殊なカイコの生理学的な解析から、繭糸の栄養素を貯めて蛹になった結果、脂肪体のタンパク質生産能力を上昇させる可能性が考えられます。繭糸を吐かなくさせると、かわりにウイルスベクターを使って薬の原料になるタンパク質を体内でたくさんつくらせ利用することができる、そういった効果的なバイオリアクターとなるカイコ蛹であることがわかってきました。蛹は皮膚が柔らかく個体からタンパク質を調製する上で適していることから、繭から取り出す労力の必要がない、コストダウンできる蛹の今後の活用に期待がもたれます。
 さらに、繭糸をつくらないことにより、メス体内では卵形成数が40%ほど増加することもわかりました。数千年ほど前、養蚕が始まったころの繭はもっと小さかったと考えられます。つまり、今のクワコの繭と同じくらいだったのではないでしょうか。せいぜい、葉隠したりカモフラージュできたりする程度の量で、外敵から蛹をなんとか守れればよいという程度のシールドだったわけです。それを、ヒトは人為淘汰することで、多量の絹が取れる大きさになるまで改良してきました。その結果、カイコの繁殖が犠牲になったと考えられます。このことは、人為淘汰と自然への適応にはトレードオフの関係があることを意味しています。繭を大きくすることは、もしかすると、カイコの自然適応に重要な多様性を損なわせる原因になったのかもしれない、とも想像されます。
 このような新しい繭の意義についての説を創出し、カイコの有効利用の幅を広げる研究として評価されました。

この論文の公開HP上で繭糸を吐かないカイコの蛹変態の様子をみることもできます。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004224000749

Lye, P. Y., Fukushima, Y., Kotani, E. et al.
Cytotoxin-mediated silk gland organ dysfunction diverts resources to enhance silkworm fecundity by potentiating nutrient-sensing IIS/TOR pathways.
iScience vol.27(2), 2024, 108853